2006年10月31日

愛と怖れ

??????〓.jpg人気blogランキングへ


人が、万物の霊長と呼ばれる由縁
それは
本能の、縛りから 解き放たれたこと

人が、もし 恐怖心を 
動物程度に
とどめていたらならば

想像力、豊かに 怖れのこころ
創造すること なかったならば

日々耳にする、事件のニュース
大半 無くなる。 のでは!?

恐怖心の90数%は 不必要
想像力が生み出す 幻影

昔、誰かに教えられた
・・・

「愛」の 反対は 「怖れ」



人気blogランキングへ

■あなた応援!無料個性診断コーチング「あなたの強み・弱みを知る」

http://blogs.yahoo.co.jp/fuuunsui
(風雲水の あくび)

posted by 風雲水 at 04:29| Comment(12) | TrackBack(0) | 違い、が ワカル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当に仰るとおりです。

大体恐怖映画とかニュースとかワイドショーとか・・・本当は必要ない事なのかもしれない。

私達はそのような物を見て変な解釈をしてしまうから余計に恐れを抱くのかもしれない・・・
もっと違った解釈をしていたら・・・少しは変わる カナ?

この頃の事件・・・悲惨すぎます。

色々な連鎖・・・

考えさせられます。

Posted by 時 at 2006年10月31日 11:17
本当にそうだと思います。
恐れからは「破壊」「破滅」「破局」
そういったものしか生まれませんね。
Posted by yumika at 2006年10月31日 20:22
「恐怖心の90数%は 不必要
 想像力が生み出す 幻影」

なんだかこの言葉を読んでホッっとできたのは、
恐怖がナニモノか、わからない自分がいたから なのでしょうか・・・
Posted by サッチモ at 2006年10月31日 23:04
「愛」の反対は「無関心」・・と思っていました。「怖れ」・・そういう考え方もあるんですね。メモメモ・・(笑。)
Posted by 明石のロバ(ひまわり) at 2006年11月01日 04:08
愛を持ってスタッフを育成させようとしてるんだけんど、上司は数字数字の一点張り…
どげんしたらよかでしょうか?
Posted by 菫ちゃん at 2006年11月01日 13:08
愛の反対は恐れ・・・
なるほどーです。。

恐れてしまうから、自分を壊した行動にでてしまう・・
最近変なニュース多いですね。。
愛だけ感じてすごしていたいです。
Posted by ねここ at 2006年11月01日 13:48
時 さん >

そうですよね、もっと違う解釈をすれば・・・
「与えた 意味が、受けとる 意味」


yumika さん >

猜疑心、不安、心配、嫉み、そねみ
イヂメ(攻撃性)・・・
元を質せば 「怖れ」から なのでは、と


サッチモ さん >

「怖れ」の感情は 闇ににたところありますね
それをとっつかまえて、なんとかしようと
すればするほど、闇は実在性を増してくる。
・・・電灯のスイッチ入れたら 瞬間に消え去るものを
「怖れ」は 単なる「愛」の不在!?


明石ロバ さん >

愛の反対は無関心・・・マザー・テレサさんの言葉やね
その、視点・観点で様々に 表現はかわるけど
愛の側に所属するものか、それ以外のものに所属するものか という見方で在れば
「愚か」は少なくて済みそうな気はしています。


薫 ちゃん >

たしかに、数字はサイエンス・・・貴重。です
しかし、それは あくまでも、次のStepへのモノ
いま・ここ、その 人の存在価値。認められなくて
どうして 価値の証し(数字)を望むことが
できるというのでしょうか
経営者なりの責任から の焦り、あるでしょうね
他人がひとを変えることは不可能!
いかに、影響力を 与えるか。
互いのたちばの違い、どうすれば認めあえるか
やね


ねここ さん >

攻撃性、闘争性
いじめやテロでさえ
その「怖れ」の心から 生まれる。のでは、と
Posted by 風雲水 at 2006年11月01日 15:15
 「恐怖」は外からやってくるものではなく、自らの心が生み出す不必要な産物にほかならない
 「愛し愛される心」と「恐怖心を抱く心」は同じ場所から生まれる

 それなら、「愛し愛される心」を生み出すほうがどんなに素敵なことだろう‥ということに‘その人たち’は気づくことができるのだろうか?
 気づく感覚を鈍くしているということに気づくことができるのだろうか?

 何となく今思いついたのでこの場を借りて…
 最近、学校でのいじめによる自殺のニュースが絶えないですが、教師だけがあんなに責められるのはどうも納得がいかない
 「愛」が「恐怖」と化しているいい例ではないだろうかと感じる
 子供たちは‥いじめるほうもいじめられるほうも、お互いあらゆる環境の中で作ってきた傷を隠すための防衛反応の現れなのかな…そんなふうに思います
 現代のいじめほど陰湿で激しくはないですけど、私も小学生の頃仲間外れにされたことがあるので、いじめられるのがどれだけ精神的にいつまでも引きずるものなのかは分かります‥私の観点で、ですけど
 いじめられるほうにも原因はあるし、親は教師をまず責めるのではなく、子供の心を深く理解する努力から始めるほうが先なのでは‥そんなふうにニュースを冷ややかに見ています
 人間は生まれてまず何よりも、母親の愛情を身体と五感を最大限に使って求めてきます‥そしてその感覚はとても研ぎ澄まされていて、「愛(または恐怖)」を受け取るアンテナが敏感だと思います

 意味もなく長くなってしまいましてごめんなさい

 「愛」
 「怖れ」
 自分自身を愛することができれば、怖れることはなきなると思います
Posted by 美宙 at 2006年11月02日 01:12
美宙 さん >

是非、ぜひ ご自分の記事として
UP なさってください。
そうなんですよ、良い・ワルイの問題ではない
のです。
知らず内の「防衛機制」・・・Egoを護る為

賢明であるか、愚かであるか のモンダイ
たしかに、自らを肯定できたとき
他をも肯定できることは、必然の結果

愛の反対は「怖れ」と「罪悪感」でもある。
Posted by 風雲水 at 2006年11月02日 01:46
では、お言葉に甘えて‥
よろしければ風雲水さんの日記も合わせてupさせてもらってもよいですか?
Posted by 美宙 at 2006年11月02日 23:15
「愛」の反対は「怖れ」ですか、深いですね。。
Posted by ふーこ at 2006年11月03日 00:05
ふーこサン >

こんばんは

なにかと世間騒ぐ事件多いけれど
スル側、も 元をただせば コレ
ではないか・・・と
Posted by 風雲水 at 2006年11月03日 00:21
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/26495516

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。